車買う女

自動車の海外グローバルビジネス講座へようこそ

車買う女

ミンチーは車買う女だった。

「それはお前にプレゼントしてやる」

「お揃いのスカートもあったけどいるか」

「勘弁してくださいよ」

と社長には答えていたのだ。

それなのに、会場でタイトスカートを着て入札するかっこいい女性を見つけて、自分から会場にスカートを着ていくようになった。

まなみは、スカートでオークション会場へも出入りするようになりました。

社長からパンツスーツをもらったとき、スカートスーツも買ってもらっていたのだった。

会社の表、修理工場の正面にある店舗で販売する中古車を、まなみが中古車オークション会場で物色して、仕入れるようになっていた。

それから急速に中古車業界の景気が悪くなっていった。

整備工場の社長も70を越え、年齢的にもここが潮時と引退、会社の廃業を決めた。

「まなみは人当たりも良いし、仕入れも出来るから大丈夫だ」

社長は、私のことを中古車オークション会場に推薦し、私名義で入会させてくれました。

今までは、会社名義の中古車オークション会員でしたが、これからは、私個人名義の会員権で中古車オークション会場に出入りすることとなりました。

それがフリーの自動車販売業者を始めるきっかけとなりました。

廃業当日。

社長は、こんなヤンキー上がりの私に自動車整備も、車の仕入れも、一から教えてくれたのが社長だった。とても優しくしてくれたのだ。

私は、柄にもなく社長の前で泣いてしまっていた。

性格も気が強いし、長身で身体の大きかった私は、男性の前で泣くなどあり得なかった。そんな私が、お世話になった社長との別れの時は、思い切り泣いてしまっていた。

それから、フリーで中古車オークション会場に出入りし、国内の顧客相手に中古車を仕入れるようになりました。

しかし、当時の国内自動車業界はあまり景気がよくありませんでした。

長年勤めた、100年以上の開業実績がある自動車整備工場が廃業になってしまうぐらいに、景気は最悪に悪かったです。

フリーになったばかりのまなみも、国内の顧客を相手に、限られた予算内で細々と中古車を仕入れていました。

高い車など入札できませんでした。

細々と小さく入札している私。

そんな中、外国人たちが価格もけっこうする高い中古車をポンポンと景気よく落札しているのを、まなみは横目で眺めていました。

この人たちは、落札した中古車を海外に輸出しているのだろうかと感じていました。

そんな中で、ある自動車輸出会社の求人が、まなみの目に留まりました。それは海外向けの自動車輸出、営業スタッフの募集記事でした。

私は応募してみました。

意外にもすぐ採用が決まりました。

横浜の貿易会社に入社しました。

フリーでいた期間はわずか半年間だけでした。

いつかは、もう一度フリーの車屋には、挑戦してみようとは思っています。でも、今は景気状況、時期が悪すぎました。

そこの会社で出会ったのが、今井ゆみという若い女性というか、小さな女の子でした。

自動車輸出との出会い

ここで今井ゆみと出会いました。

彼女は、その会社で、海外バイヤー向けの英語による自社ホームページの制作、運用管理の業務を担当していました。

彼女が制作した横浜の貿易会社の自社ホームページから毎日のように、たくさんの海外顧客が日本に在る中古車へオファーを投げかけてきました。

彼女は、投げかけてきた海外顧客からのオファーメールを各営業担当者に割り振ります。

今井ゆみは、各営業担当者のデスクに海外顧客のオファーメールを振り分けていきます。

彼女の営業に手渡す姿を眺めながら、私は彼女のことを可愛らしい女の子だけど、気の強そうな女の子だなと思っていました。

が、当時は、まさか彼女が今井祥恵の妹だとは思いもしませんでした。

割り振られた営業担当者たち。

彼ら営業担当者たちは、メールやチャットで海外顧客と商談しているのです。

海外顧客と商談して、買う車、自動車を決めて、中古車オークション会場にて価格もけっこうする高い中古車をポンポンと景気よく落札していくのでしょう。

まなみが会場でずっと横目で眺めていた外国人たちのように。